05 台風と雷
                            
こんな事を言うと農家の人に怒られそうだが、僕は台風がわりと好きである。小中学校はそれで休みになる可能性があったし、夏のクソ暑い日に、吹くはずのない強風が猛烈に吹いているのは、見ているだけでスリリングなものだ。そして、あの異様な雲の動きをみていると、冒険者のなんたるかが分かるような気もする。たいていの場合、雨も同時にたたき付けるように降りまくっているものだが、偶然降っていないときは、よく外に出て遊んだものである。そして家にいるときは、今このときを逃せばこんな風はもうあびられず、もったいない、というはなはだ偏屈な理論から、よくむやみに窓を開けて風をあびようともしていた。無論、同時に雨が部屋に猛烈に吹き込んできたことは、言うに及ばない。
誰もがそうであるように、台風の来るという日の朝は、常に朝早く起床しテレビのニュースを凝視して「警報」という二字を心待ちにしたものだ。これが「注意報」だったりすると、何もないより余計に悔しさが募る。わざわざ朝早く起きている甲斐もない。今考えると、あのころ毎日台風が来るときの気持ちで起床していれば、遅刻ももう少し防止できたかも知れないことは明白である。しかし注意報の場合、いつ警報に変わるかも知れないと思い直し、その二字の変化を待望するという、また違う覚悟を決めることが出来た。そして、上手く警報が出ていてくれれば、まず友人宅に確認の電話をし、あたかも共に何かに勝利したかような、安堵と祝福の声をあげ、臨時休校を祝ったものだった。
しかし、最近は電車を使わねばならなくなっているので、台風が迷惑に感じることもふえてきた。この前も台風のせいで電車が若干遅れ、スタジオに間に合わず、バンドのメンバーに迷惑をかけた。
とはいっても、このときは100%台風のせいとはいえない。電車が遅れたのは、強風にあおられてビニールシートがどこからともなくやってきて、電車のフロントガラスに覆い被さったので、それを除去していたためらしい。台風のせいというより、ビニールシートを固定しなかった何者かが悪いのである。スタジオの練習時間を返していただきたいものだ。だいたい、ビニールシートもいくら風が強いからと言って、なにも走行する電車のフロントに被さってくる必要はないのに。でも、台風というのはいつもこの手のなぞめいたハプニングを起こしてくれるので、見てて面白い。
さて、雷は台風より愛好家が多いであろうと僕は推察する。台風の愛好家は逆にそう多くないだろう。雷の音を聞くだけで突然テンションが上がる者がいるが、僕は下がる方である。というか、ただ単に雷が怖いのである。僕にとって、雷と蜂はどうか勘弁願いたいという、かなり苦手なものだ。室内でその音と光を目の当たりにするだけでも、かなり恐ろしさを感じるが、外にいたりすると、地底にでも逃げたくなる。
雷といえば、黒こげで死ぬ、とか、パソコンから煙が出る、とか、イヤなイメージばかりを連想するせいであろうか。
とにかく雷の日の外出だけは千金を賭けられてもしたくないことの一つだ。
しかし、引っ越ししてやや山奥の方に言ってしまってからというもの、雷は避けられぬ要因の一つと化してしまった。むやみに夕立が多く、そのたびに雷が鳴る。家に帰っていればよいが、外にいるときは悲惨である。必死で「雷よ、どうかおれにおちないでくれェ」と嘆願するしかない。「っポイ」の相模真も雷だけは苦手である。また、劉備が箸を落としたのも分かろうというものだ。
このように、自然界の出来事には適度に変哲な事柄が多く存在する。ここに挙げたのはただ2つのみだが、こんなことは他にもたくさんある。そんな適度に変哲な出来事たちのために色々考えることが出来れば、それほど楽しいことはない。それを怖く感じようが、面白く感じようが、人の自由である。自然は気儘だ。
                            

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