コード進行解析ネタ第三弾。いまや中高年の懐メロの仲間入りを果たしている同曲ですが、アレンジもコード進行も、当時の他アーティストの曲と比べると、凝りに凝っています。現在でもこんな難しいコード進行の曲はあまりないと思います。
ましてや、これだけ複雑な進行なのに、たやすく歌える曲になっているところは驚異的ですね。
イントロ
まずはイントロ。和音をつなげただけのシンプルなイントロですが、その和音が既にかなり凝っている代物です。3つ目まではよく見るコード進行。そのあとに出てくる IVm6 はいわゆるサブドミナント・マイナーという奴で、手前のF7をV7としてジャンプしてきています。サブドミナントマイナーは柔らかい響きがポップスで好まれますが、イントロのここで使うか、という感じのなかなか大胆な使い方です。
G7(9)はトップノートが9thなので、(9)は必須。その後のC7に関してはトップノートが6度(13度)なので、C7(13)と書くべきかも。本によっては7thではなくC69としているものもあるようです。
Aメロ(Verse)
お次はAメロ。アヴァンギャルドなコード進行の上にきれいにメロディが載っている、初期ユーミンの真骨頂がここにあります。出だしは一見すると普通の Imaj7 – VI7 – IIm7 – V7 で、イチロクニーゴーと日本語で呼ばれるよくある進行に見えます。VIはマイナー7thになるのが普通ですが、このように7thになることも多々あります。
問題はVI7とV7のところのディミニッシュですが、F#dim = D7(-9)、Edim = C7(-9) というのが成り立つので、 この部分は基本的に1小節まるまる7thが続いていると解釈できます。ベースだけがF#やEに行っているという感覚でしょうか。
その秘密はメロディラインにあり、小節の頭のメロディがDにおける-9になっているので、この部分のコードは絶対に ”7(-9)” という形になっています。それをそのまま使わず、ディミニッシュコードにしたのは、アレンジの妙と言えます。ユーミンの歌は半音が多くて歌いにくいとは昔から言われてますが、こういうところに理由があるのかも。
この1段目から2段目にかけては普通のイチロクニーゴーに見えますが、最後がメジャーコードになるべき所を、Fm7というマイナーコードで締めくくっており、強制的に同主調転調(Fメジャー→Fマイナー)を起こしています。マイナーコードに行く前のV7にはオルタードテンションが付くのが普通、この部分もそうしないと合わないので、その前のV7は(alt)と表記してます。
この2、3小節目と4、5小節目の組み合わせは、まったく同じ役割を担っているという不思議なことになっており、メロディラインもそのまま1音下に転調したものになってます。もともとVI7→IIm7用のメロディを、V7→Imaj7のところにも転用しているがゆえに、最後がマイナーコードでないと合わないということになり、Fm7にいくのが当たり前のように聞こえてきます。こんな作り方が狙って出来るのかは知りませんが、あまり見たことのないパターンですね。
後半部分はキーがFマイナーになったあと、わりとすんなりと進みます。ここでは分かりやすくするために、キーAbメジャーで度数を書いてます。
マイナーに行ったらもう一度戻らねばならないわけですが、やはりIIm7 – V7の流れを利用しているようです。ポイントは普通のIIm7ではなく、m7-5になっていること。Gm7-5 → Gm7/C(C7の代理) という流れは、マイナーコードに向かうツーファイブのように見えます。この後にFm7に行くと普通なんですが、曲頭のFmaj7に戻ることで、メジャーキーに回帰してます。
サビ(Chorus)
サビは実に単純。Aメロが難しいだけにサビは響きも明快にする、これぞポップスの命題。IVmajからImajに行く定番の進行ですが、この時点でキーFマイナー(Abメジャー)を引きずっているので、曲の頭に戻ろうとするならば、Fメジャーに戻すために一ひねりしなくてはいけません。
最後に唐突に登場するGm7/Cですが、このコードはC7の代理であり、C7はキーFメジャー、Fマイナーどちらにも登場するというのもあってか、自然に聞こえます。同じコードの1音半ずらしはあまり違和感なく聞こえる、という性質もあるかもしれません。メロディラインはこのコードが入った頭からFのM3rdを歌うので、この3拍目ではっきりキーが戻っているのがわかります。
エンディング(End)
エンディングはAメロラストの2カッコを3回やりますが、メロディは「夜空につづく」の”づ”が3回目だけ半音低いです。Bm7/Ebというこの部分のコードにおいて、この音は -9 に当たるので、これまたオルタード・テンションになります。
その後E/F#に無理矢理行ってフェードアウト。初期ユーミンに多い不思議な終わり方ですが、おそらくは更けゆく夜をドライブしながら去って行く、余韻のイメージではないかと思います。キラキラした雰囲気と少し影のある余韻の残し方が不思議と曲にマッチしてます。
その雰囲気を作るために、こんな謎のコードをむりやりエンディングにはめ込んだのではないかと思うのですが、どうでしょうね…。
ソロをとってみる
この曲をジャズみたいにやる人がどれぐらいいるのか知りませんが、コード進行を分析してやることといえば、作曲のための勉強にするか、アドリブをするぐらいしかないわけで。アドリブをとる際にどういうアプローチがあり得るのか考えてみます。僕自身がギタリストなのでギター的見地の話ではありますが、ピアニストでもやることは大体一緒で良いと思います。
Aメロ部分
まずAメロ。ここが最大の難所ですが、F#dim – D7 となっているところはまとめてD7扱いで良いと思います。逆にディミニッシュのフレーズを1小節まるまる放り込んでもOK。勝手にツーファイブにして Am7-5 – D7 なんてのもジャズ的アプローチで合いそうです。
その後の Edim – C7 – Fm7 も同じような感じでいけます。原曲通り、同じアプローチを1音下げて行うというので問題ないかと。
Fm7の1音目は転調を分からせるためにも、m3rdの音を狙いたいとこです。その後はスケール通りでも大丈夫。1カッコのGm7/Cは、Fマイナーのスケールでも、Fメジャーのスケールでも、C7のオルタード等でも何でもいけます。個人的には、次にFメジャーに戻る前に、先んじてここでメジャースケール的な音を使って匂わせておくのが好みです。
サビ(Bメロ)部分
Bメロは特に問題なくいけます。原曲のギターソロはここの進行だけで登場しますが、メロディをなぞってるだけで、凝ったことはしてません。ここでもラストのGm7/Cが注意。
いっこ手前のBbm7/EがBbマイナーペンタ、Gm7/CはBbメジャーペンタ(Gマイナーペンタ)と、ペンタトニックをマイナーからメジャーへと変えていく、なんていうアプローチはいいかもしれませんね。
実際に弾いてみた
ためしに僕が弾いてみたのを最後に置いておきます。
※ちなみに、ここに出てくる語句は専門用語のオンパレードなので、詳しく知りたいという方は拙著「六弦理論塾」をどうぞ。どさくさに紛れて宣伝しときます。
さいごに
ユーミンの結婚前の曲は、結婚後に比べてもかなり野心的なアレンジが光ってるものが多いですが、これもその一つ。この時期の曲で多いのが、転調を繰り返すコード進行を、その流れるようなメロディラインによって違和感なく聴かせる手法です。
史上最も飛んでるコード進行の「COBALT HOUR」や、Bメロで急に転調を繰り返す「12月の雨」などなど、色んな曲でそれを易々やってのけていますが、それこそ天才の異名を当時から取っていたゆえんじゃないかと思います。